”自分が視ているものは目に見えない。なぜなら、それは周囲からは隠されているから
。全てを削ぎ落としたとき、人はその人そのものになる。残されるものは、自分自身の
ビジョンだけだ。一人の存在になったとき、自らの一貫性が試される。聴くことしかで
きないからだ。
聴くことと話すことしかできなくなったとき、そこには人も場所もなくなる。言葉は持
ち運び可能となり、行動を通じてより高次元のビジョンを作り出すのだ。” 
ーJohn Koerner著『The Reformation of the Image』より引用

私、ケイト・ストラカンは、アメリカ・フィラデルフィア出身で、現在は台湾・國立臺
南藝術大学視覚芸術学院応用芸術研究所にて、陶芸を専攻しています。
現在の作品のテーマ・コンセプトは、「INVISIBILITY(不可視性)」と
「PRESERVATION(維持)」に基づいています。

ドイツ系アメリカ人であるペンシルバニア・ダッチに属する私の家庭では、両親はルー
テル教会(ルター派)を信仰していました。ルーテル教会では「聖書のみ」「信仰のみ
」「恵みのみ」を原則としているため、神の偶像を掲げません。そのため、私が育った
家にも、そういった飾りは皆無でした。ただ、毎晩神に祈りを捧げることといった「言
葉を通じた信仰」を通じて、私は神との「個人的な繋がり」を感じていたように思いま
す。こうした経験が、「INVISIBILITY」とは何かというアイデアを私に植え付けていた
のかもしれません。
ルーテル教会はペンシルバニア・ダッチの人々の間で主要な信仰であったことから、そ
の教えはペンシルバニア・ダッチの芸術や工芸に大きな影響を与えていて、言葉を通じ
た信仰に基づく「INVISIBILITY」の例を随所に見ることができます。
見えない存在である神がどうやって人々の心の中に存在することができるのか、そして
それが私自身の子供時代にどのような影響を与えたのかを作品を通じて探ることが、今
の私の興味の対象です。
もう一つのテーマ・コンセプトである「PRESERVATION」は、私の子供時代から現在
まで続く内部の葛藤ーーー神を信じるか信じないかーーーに基づいています。子供時代
の経験から、神の存在は私の心の中に強く刻まれていますが、同時に私はキリスト教を
深く信仰しているわけではありません。「PRESERVATION」の作品群では、多層に重
ねた薄いレイヤーをワックスなどで支えることで、こうした葛藤とそこから生まれる温
かみを表現できればと思っています。